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最高裁判所第二小法廷 昭和50年(オ)920号 判決 1976年8月30日

上告人

小西敏裕

右訴訟代理人

下山量平

外一名

被上告人

犬伏貞子

右訴訟代理人

難波貞夫

外一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人下山量平の上告理由一について

原審の裁判長が裁判の評議に加わりその評決の後に転任したものであることは、記録に添付されている原判決正本に徴し明らかであるから、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を非難するものであつて、採用することができない。

同二(1)について

遺留分権利者の減殺請求により贈与又は遺贈は遺留分を侵害する限度において失効し、受贈者又は受遺者が取得した権利は右の限度で当然に減殺請求をした遺留分権利者に帰属するものと解するのが相当であつて(最高裁昭和三三年(オ)第五〇二号同三五年七月一九日第三小法廷判決・民集一四巻九号一七七九頁、最高裁昭和四〇年(オ)第一〇八四号同四一年七月一四日第一小法廷判決・民集二〇巻六号一一八三頁、最高裁昭和四二年(オ)第一四六五号同四四年一月二八日第三小法廷判決・裁判集民事九四号一五頁参照)、侵害された遺留分の回復方法としては贈与又は遺贈の目的物を返還すべきものであるが、民法一〇四一条一項が、目的物の価額を弁償することによつて目的物返還義務を免れうるとして、目的物を返還するか、価額を弁償するかを義務者である受贈者又は受遺者の決するところに委ねたのは、価額の弁償を認めても遺留分権利者の生活保障上支障をきたすことにはならず、一方これを認めることによつて、被相続人の意思を尊重しつつ、すでに目的物の上に利害関係を生じた受贈者又は受遺者と遺留分権利者との利益の調和をもはかることができるとの理由に基づくものと解されるが、それ以上に、受贈者又は受遺者に経済的な利益を与えることを目的とするものと解すべき理由はないから、遺留分権利者の叙上の地位を考慮するときは、価額弁償は目的物の返還に代るものとしてこれと等価であるべきことが当然に前提とされているものと解されるのである。このようなことからすると、価額弁償における価額算定の基準時は、現実に弁償がされる時であり、遺留分権利者において当該価額弁償を請求する訴訟にあつては現実に弁償がされる時に最も接着した時点としての事実審口頭弁論終結の時であると解するのが相当である。所論指摘の民法一〇二九条、一〇四四条、九〇四条は、要するに、遺留分を算定し、又は遺留分を侵害する範囲を確定するについての基準時を規定するものであるにすぎず、侵害された遺留分の減殺請求について価額弁償がされるときの価額算定の基準時を定めたものではないと解すべきである。右と同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同二(2)について

原判決添付別紙目録一、二の土地に関する被上告人の請求には、民法一〇四〇条一項本文に基づいて価額弁償を請求する主位的請求と民法七〇九条に基づいて損害賠償を請求する予備的請求があり、原審は、主位的請求を棄却し、予備的請求の一部を認容したものであるところ、所論は、ひつきよう、上告人が勝訴した主位的請求に関する原審の判断を非難するものであるから、適法な上告理由にあたらない。

同二(3)並びに上告人の上告理由(一)及び(二)について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

上告人の上告理由(三)について

所論は、原審における主張を経ない事実に基づく原判決非難であるから、適法な上告理由にあたらない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(本林譲 岡原昌男 大塚喜一郎 吉田豊 栗本一夫)

上告代理人下山量平の上告理由

一、<略>

二、民事訴訟法三九四条(判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令違背)

(1) 民法九〇四条違反

上告人は原審に於て原判決目録一、二の土地については民法一〇四〇条一項、同目録三、四、五の土地については民法一〇四一条に基ずく価額弁償を主張しその価額とは相続開始時点の価額とされ右考え方と違う学説判例はこれ迄になかつた(有斐閣注釈民法(26)相続(3)三九六頁、四〇一頁、ポケツト注釈全書親族相続法三九四頁)。

しかるに原判決は右と異り弁償すべき価額は、現実に価額が弁償されるときであるとしたがこれは民法一〇二九条、同法一〇四四条が準用する民法九〇四条に違背すること明らかである。民法九〇四条はその法律の解釈の問題でなく明文上相続開始上と規定しているのに原判決はこれと異つているのであり右条項に違すること誠に明白であり、その違反は判決に影響及ぼすこと明らかである。

(2) 民法一〇四〇条一項違反

次に価額弁償については減殺請求前に第三者に譲渡しようと請求後に第三者に譲渡しようと何ら変りがないのに原判決は右行使後の譲渡については価額弁償を認めなかつたのは民法一〇四〇条一項違反であり、該違反は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

原判決に引用する最高裁昭和三五年七月一九日判決は減殺請求権は形成権であるという立場を取つているものと思はれるが現行民法は価額さえ弁償すれば現物返還を免れるという現物返還主義の前提を大きく崩して価額返還主義に移行しているのであるから単なる意思表示であり減殺請求権行使の前後によりこれを変えるのは不自然である。

減殺請求権行使後でも第三者に譲渡しなければ相続時点での価額の弁償をすれば足りるものであるから(この意味で形成権説の立場でも現物返還主義に完全に崩れている)第三者に譲渡した場合にだけ相続時点の価額でないと云うには論理に合わないものである。

<上告人の上告理由省略>

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